Kobe University Repository : Kernel

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Kobe University Repository : Kernel タイトル Title 著者 Author(s) 掲載誌 巻号 ページ Citation 刊行日 Issue date 資源タイプ Resource Type 版区分 Resource Version 権利 Rights DOI 日本のアーカイブズで家系調査は可能か : 課題整理と可能性の模索 (< 特集 > 国際ワークショップ 日本在住外国人コミュニティーの歴史の発見 : 研究 アーカイブス 特別コレクション )(Is genealogical research possible in Japan?: Some Issues Regarding Preservation and Use of Personal Information in Japanese Archives ( Workshop "Discovering histories of foreign communities in Japan: Research, archives and special collect) 森本, 祥子 海港都市研究,5:89-97 2010-03 Departmental Bulletin Paper / 紀要論文 publisher JaLCDOI 10.24546/81002114 URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81002114 PDF issue: 2019-02-23

89 日本のアーカイブズで家系調査は可能か 課題整理と可能性の模索 森 本 祥 子 MORIMOTO Sachiko Ⅰ はじめに 旧メルボルン監獄の衝撃 オーストラリアにある旧メルボルン監獄は 19 世紀中頃から 1929 年まで使用された監 獄で 1972 年以降にオーストラリア ナショナル トラストによって博物館として整備 公開されている 独房を活かした展示では 道具類が展示されているほか 何人かの囚 人をとりあげてその犯罪歴から処刑までのストーリーがパネル展示されている ここでは 囚人の顔写真を含む調書の複製がそのまま展示されており 見る者に強い印象を与える パネルの元となった資料を所蔵するヴィクトリア州公文書館では メルボルン監獄に収容 された犯罪者の登録簿 顔写真もついたもの をはじめ 精神病院の入院患者の記録 離 婚裁判記録などの資料をデジタル化してオンラインで公開している また シドニーに あるハイド パーク バラックスは オーストラリアに最初に流刑囚が送り込まれたとき にその居住施設として建てられたもので 現在はやはり博物館として公開されているが そこには個々の流刑囚について 名前 犯罪 送致船名などから検索できるデータベース が設置されている このデータベースの元になった流刑囚の登録簿はニュー サウス ウェールズ州立図書館で公開されている 一外国人旅行者として監獄博物館を見学していると 重苦しい印象は受けても 個別の 囚人の情報が示されていることに特に疑問は持たないが 同様の状況は日本でありうるか と改めて考えたときに 日豪両国の個人の情報を公開することに対する意識の違いがいか に大きいかということに驚く 日本でも網走監獄や明治村の金沢監獄などが博物館として 旧メルボルン監獄のウェブページは http://www.oldmelbournegaol.com.au/ アクセス日 2009 年 5 月 20 日 オンライン公開されている資料の一覧は 以下にて確認できる http://www.access.prov.vic.gov.au/ public/provguides/provguide023/provguide023.jsp アクセス日 2009 年 5 月 6 日 ハイド パーク バラックスのウェブページは http://www.hht.net.au/museums/hyde_park_bar racks_museum アクセス日 2009 年 5 月 6 日

90 海港都市研究 公開されているが そこに特定の囚人の犯罪情報や ましてや顔写真が展示されるという ことはない また 犯罪歴や精神疾患の病歴が書かれたリストを公開するということは日 本のアーカイブズでは考えられない 2009 年は 日本に初めて 文書館 が設置されてからちょうど 50 年目にあたる 50 年の間に 日本人にはアーカイブズが当たり前のものとして定着しただろうか 残念なが ら 否 である 例えば 1953 年に放送を開始したテレビが 2003 年までの 50 年の間に どれだけ私たちの生活に根付いたかを考えると 日本におけるアーカイブズ定着の歩みが いかに遅々としたものであるかが実感されるだろう 欧米およびその伝統を汲むオーストラリアではアーカイブズが市民に根付いていると言 われており アーカイブズ利用者の実に 80%ほどが自分の先祖のことを調べる一般市民 である アーカイブズの側もこうした利用者へのサービスを充実させることに熱心である そうした文化にいる欧米のアーキビストは 日本でも先祖を調べるという一般市民の趣味 をサポートすれば利用者が増え アーカイブズというものが社会に定着するではないか と考えるようである しかし 日本ではことはそう簡単ではない 本稿では 日本のアーカイブズで欧米のような家系調査をすることは可能か またアー カイブズはそれを奨励すべきか という問いをたて そこに関わる問題や可能性を明らか にすることをめざす 具体的には まず個人情報を含む資料に関わる法制度を整理し 次 に現在の日本のアーカイブズが家系調査を奨励する際に直面する課題を明らかにする そ の上で 家系調査は日本でアーカイブズが社会に定着する一助となる可能性があるのかを 探る Ⅱ 個人情報の取り扱いに関する法制度とアーカイブズの対応 従来 アーカイブズでの個人に関わる情報の取り扱いに関しては 国としての統一され た法制度や規則は特になく 現場の経験の蓄積をもとに資料の公開がなされてきた 一般 に 江戸時代の古文書を中心とする民間出所の資料 および 戦前の公文書については相 当程度公開されてきたといえるだろう 公文書でいえば 例えば外務省外交史料館では 明治初期の官僚の履歴書が公開されていたり 戦後歴史学 なかんずく近世史の研究が 外務省職員個人履歴 幕末ヨリ明治初年ノ職員関係 外務省職員個人履歴 判任等外 令史以下 之部 使部 編纂課履歴書 外務所個人履歴 勅任 奏任 判任 録佑之部 履歴書 以上まと めて請求番号は M2.1.0.2.2-8

日本のアーカイブズで家系調査は可能か 91 個人の顔がみえる地方文書を使って大きく進められたことは 改めて指摘するまでもない 比較的早い時期に設立されたアーカイブズでは まだ社会全体が個人情報の扱いにそれほど神経質でなく かつそもそも閲覧室で資料を利用する者が限られた研究者が中心であったことから 個人情報が管理の手を離れて流出したり悪用されたりする懸念があまりなかったこともあり 収蔵資料はかなり広く公開されてきた しかしそうした中でも公開の是非を長く議論されている資料がある いわゆる被差別部落に関わる資料である 被差別部落であることがわかる絵図 差別戒名が記載された寺の過去帳などは 資料の作成年代は古くとも そこから現代の子孫が特定可能な場合があり それが現代社会での差別につながってしまう問題を抱えているため 公開が難しい 5 また 近世以前に被差別民であったことを示唆する身分が書き込まれているといわれる 壬申戸籍 ( 明治五年式戸籍 ) は 保存自体は禁止されていないものの 包装封印 し 閲覧請求に応じないこと とされている 6 このように 日本では時が経過しても文書の現在性とでもいうべきものは失われず現在につながっている という意識が強く 機械的に一定期間がたった資料を公開するという方法はなじまないということが 長く言われてきた そうした中で 1999 年に 行政機関の保有する情報の公開に関する法律 ( 以下 情報公開法 ) が また 2003 年に 個人情報の保護に関する法律 ( 以下 個人情報保護法 ) が成立し あらためてアーカイブズでの資料 情報の公開 とくに個人情報の扱いが議論されるようになった 正確には 前者はいわゆる現用文書を対象としたものであり また後者はその保護対象を 生存する個人 としていることから 実はアーカイブズ資料の公開を直接的に制限するものではない しかしながら アーカイブズ資料の公開にあたっては現用記録の公開度との整合性が求められること また被差別部落の問題からも明らかなように 故人の情報であっても現在の生存する個人に大きな影響を与える情報は少なくないことから 両法律制定のインパクトはアーカイブズにとっても大きい そのため これらの法制度を理解しようとする議論 さらには制度に合致するような規則類の整備が進んだため 結果としてアーカイブズ資料の個人情報の取り扱いが 両法律の制定を契機とし 5 例えば 島根県立図書館デジタルライブラリー ( 古絵図 古地図 屋敷図 ) では 一部画像については拡大表示されないよう制限がかかっている 絵図類は現物の閲覧には保存上のリスクが大きいため デジタル化しての公開のメリットは大きいが そこに含まれる情報が一人歩きする危険性がある できる限り公開することを目指すことと関係者の権利を守ることとのバランスを模索した例といえよう 同サイトの URL は http://ltis.pref.shimane.jp/( アクセス日 :2009 年 5 月 6 日 ) 6 昭和四三年三月四日付民事甲第三七三号民事局長通達 および 昭和四三年三月二九日付民事甲第七七七号民事局長通達 による

92 海港都市研究 て改めて各地で論じられるようになった 当初 これらの法律の成立によって 公開基準が現用公文書のための情報公開に準じる ことになるのではないか あるいは個人が特定できる資料が公開できなくなるのではない かなど アーカイブズ資料の公開の幅が狭まる可能性が懸念された しかしふたを開けて みれば むしろ前向きな効果が少なからずあったといえる 第一に 公開 非公開の基準作りが進んだこと この先鞭をつけたのは京都府立総合資 料館である 同館は 1996 年に 個人情報の取り扱いに関して 行政文書に含まれる個人 情報の取扱要綱 を策定し 初めて文書を非公開にする期間を明確に設定した それま では 既述のように 日本では年数を機械的に区切って文書を公開していくという考え方 はなじまないとされており 京都府立総合資料館の取り組みは日本のアーカイブズ資料公 開制度にとって大きな転換点となった 同館の取り組みは法制定に先んじておりその先見 性が目を引く その後 2001 年に国立公文書館が資料利用規則を策定し 各地のアーカイ ブズでは法制定後 これら先行館に倣って規則を整えるという流れができつつある これ により 資料はすべて原則公開という立場のもとに 非公開とする場合はその範囲と期間 を限る規則を明確に作る という考え方が定着しつつある 第二に 公開に対する社会の圧力が強まったこと 情報公開法により 社会全体で政府 の政策の透明性 説明責任を求める意識が強まり 政府に対し情報公開を求める圧力も強 まった これにより明確な理由なく情報を 公開しないこと が難しくなり 資料の原則 公開の立場をとるアーカイブズにとっては こうした社会の意識変化は追い風ともいえる このように 情報公開法および個人情報保護法の成立により アーカイブズでも資料公 開に関する制度整備が進んだというメリットがあったことを指摘しておきたい Ⅲ 1 日本における家系調査の可能性 個人に関する情報へのアクセス 欧米では趣味としての家系調査が定着している そのため アーカイブズでは個人の履 歴や情報が得られる資料が積極的に公開されている 例えばイギリスでは国勢調査の記録 が調査後 100 年経てば公開されるし 教区教会で保存されてきた出生 結婚 死亡の記 録は各地のアーカイブズに移されて 最もよく利用される資料となっている 国立公文書 渡辺佳子 文書館における個人情報の取り扱いを考える 記録と史料 No.9 1998 年

日本のアーカイブズで家系調査は可能か 93 館でも 従軍記録など個人の活動が詳細かつ具体的にわかる資料は好んで利用されている オーストラリアでも 同様に家系調査は盛んであり 移民関係の記録などはよく公開されている また アボリジニの権利回復のためにもアーカイブズが用いられている 過去にアボリジニと白人の混血児が親から強制的に引き離され 白人社会で集団生活を強いられたが それによって自らの出自がわからなくなった人たちが少なくない この政策の反省にたち 現在はこれら 盗まれた世代 が本来の家族との結びつきを取り戻し 自らのアボリジニとしてのアイデンティティを取り戻すことを国全体で支援しているが 8 その一環としてアーカイブズでは彼らが自分に関わる記録を探すのに役立つよう取り組んでいる 9 このように 趣味の家系調査から人権回復支援まで 欧米豪では個人情報が活用されている 10 翻って日本で個人に関わる情報をアーカイブズなどで調べる可能性について考えてみよう 既述のように アーカイブズでの資料の公開基準は徐々に整備されてきているが 現在その中心となっている国立公文書館の利用規則では 原則として次の場合に一般利用を制限することができるとしている ( 第 4 条 1 項イ ): 個人に関する情報 ( 事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く ) であって 当該情報に含まれる氏名 生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの ( 他の情報と照合することにより 特定の個人を識別することができることとなるものを含む ) 又は特定の個人を識別することはできないが 公にすることにより なお個人の権利利益を害するおそれがあるもの 8 Human Rights and Equal Opportunity Commission report: Bringing them home: Report of the National Inquiry into the Separation of Aboriginal and Torres Strait Islander Children from Their Families, 1997. オーストラリア人権委員会 (Australian Human Rights Commission) のサイトから入手可能 同サイトの URL は http://www.hreoc.gov.au/social_justice/bth_report/index.html( アクセス日 :2009 年 5 月 13 日 ) 9 例えばヴィクトリア州では Bringing them home レポートを受けて 2001 年に Victorian Koorie Records Taskforce が設立され アボリジニに関する記録へのアクセス向上に取り組んだ その成果は 次のレポートにまとめられている wilam naling knowing who you are : Improving access to records of the Stolen Generations: A report to the Victorian Government from the Victorian Koorie Records Taskforce, Department for Victorian Communities, 2006. 同レポートは 下記サイトから入手可能 http://www. prov.vic.gov.au/publications/wilamnalingreportjune2006.pdf( アクセス日 :2009 年 5 月 13 日 ) また 国立公文書館では 個人名から関連資料を検索するためのツールとして Bringing Them Home Name Index を整備している (http://www.naa.gov.au/about-us/publications/fact-sheets/fs175.aspx アクセス日 : 2009 年 5 月 27 日 ) 10 盗まれた世代 の調査については アーカイブズの一般公開では対応できない資料について情報公開法を使って公開請求ができる またその際には 一般的な情報公開とは異なり 出来る限り公開すること またそのための担当スタッフの意識向上などが図られている

94 海港都市研究 さらに具体的に含まれる情報ごとに非公開期間を設定しており 例えば 家族 親族又は婚姻 の情報がわかる資料は 50 年以上 80 年未満の期間は公開しないことができる とされている 一方 地方自治体では 例えば京都府立総合資料館の 行政文書に含まれる個人情報の取扱要綱 では 公開することにより 本人及び子孫にも影響が及ぶと考えられる個人情報 は完結後 100 年を閲覧制限期間としている 神奈川県立公文書館では 歴史的公文書に係る閲覧制限の当分の運用について ( 内規 ) で 個人情報を含む資料も作成後 30 年経てば原則公開としつつ 戸籍等いくつかの資料は 50 年間非公開としている このように非公開とする資料の取り扱い規定の整備が進むことにより 非公開期間を過ぎた資料の公開の道筋が出来つつあるといえる しかし実際に資料群としての 戸籍簿 除籍簿 を扱う市町村にはまだほとんどアーカイブズが設立されていないこともあり 系統だって戸籍類が公開利用されている事例は 現実にはないといえるだろう こうした状況の背景には 公開される情報に対する社会的コンセンサスという問題と同時に 戸籍法では 戸籍簿 除籍簿の現用文書としての利用しか想定されておらず アーカイブズとしての幅広い利用が想定されないまま保存 利用が厳しく制限されているという問題もある 戸籍は いま現在存在する人を記載するものであるので 死亡した場合にはそこから除かれ 除籍簿に登録されるが この除籍簿は保存年限が 80 年とされており いずれは廃棄される規定がある また多くの自治体で個人情報を含むような文書は廃棄時に焼却等することとされているため そうした流れに乗ると 3 世代も遡ればそれ以前の人についての基本情報は完全に失われることになる つまり 欧米豪で 本人や子孫どころか無関係な第三者でも利用できる出生 結婚 死亡といった記録は 日本では保存されないか 保存中であっても利用できない また イギリスでよく使われる国勢調査の記録であるが 日本の場合はこれも利用が難しい 2009 年 4 月 1 日に統計法が改正され 学術研究等のために収集データの再利用が促進されることとなったが これは個人が特定できない形での利用に限られる したがって 過去の国勢調査の記録から先祖の個人情報を集めるといったことは不可能である このように 個人の特定そのものを目的とした文書である戸籍簿 除籍簿や国勢調査データは 現在は事実上利用不可能である しかし それ以外の公文書に含まれる個人情報については それがその個人や子孫等の不利益にならない情報であれば 一定期間たてば公開すべきという流れも生まれつつある また 古文書については 個人情報保護法に伴って公開できなくならないかと一時懸念されたが これまでに古文書に含まれる個人情報に

日本のアーカイブズで家系調査は可能か 95 ついて現用公文書と同じ基準を適用する あるいは適用しなかったために問題が起こった という話はきかない 言い換えれば 個人の特定そのものを目的とする資料群は利用不可 能ながら それ以外の資料を活用すれば先祖の情報を調べることは可能だ ということで ある 2 家系調査支援に伴う問題点と利点 さて 実際に多様な資料を駆使して個人情報を調べるためには アーカイブズ側の一定 のサポートが必要になるだろう じじつ 欧米のアーカイブズでも家系調査をする利用者 のために様々なガイドを作成し 利用希望の多い資料のデータベース化やデジタル化を進 めるなど 積極的な支援体制をとっている しかし日本で同様のスタンスをとることには 問題もある 第一に 圧倒的なリソースの不足である 資料の受入 整理 目録記述といったアーカ イブズとしての基本的な作業すら手が回らないほど どこの機関でも人手不足が深刻であ る 予算も厳しい そこに 特定の資料の整備について基本以上の手をかける余裕のある アーカイブズは ほとんどないだろう 家系調査では 利用者がピンポイントで情報を求 めるが そうしたニーズに対応するためには 収蔵資料の把握が詳細にできていなければ ならず それに耐えうるだけの資料記述やレファレンスをするには 資料内容を熟知した 職員の十分な配置が必要である 残念ながらアーカイブズの基本的な運営体制が整ってい ない日本の現状では 特定の資料に対して手厚い対応をすることは 困難である 第二に 上記のような状況にあるにも関わらず 公的なアーカイブズが特定の利用ニー ズをあえて作り出してまで利用者を増やすことに正当性があるのか という問題がある これは アーカイブズの理念 および リソース投入の偏りの可能性 という二つの側面 で問題となる 国や自治体のアーカイブズは それぞれの活動を跡付ける公文書等を保存 公開することが業務の根幹である しかし日本ではいまだこうしたアーカイブズ本来の役 割についての理解が 社会全般は言うまでもなく アーカイブズの設置母体 親組織 で ある役所にさえも十分あるとは言いがたい そうした状況で家系調査ばかりが注目される と アーカイブズとはそのための組織かと誤解されかねず それでは見た目の利用者が増 えたとしても アーカイブズの真の足腰強化ははかれない また 現在の日本における個 人情報取扱に対する一般的な慎重姿勢を考えたとき 個人情報こそを求める利用が大多数 を占めることになると 文書を移管する親機関が少なくとも短期的には警戒しかねない いま最も必要なことは 親機関との信頼関係を確立し その業務遂行の一環にアーカイブ

96 海港都市研究 ズを位置づけることであり 家系調査推進にはそれを妨げる可能性もあり得ることを意識 する必要がある さらに アーカイブズの理念をふまえると 利用者を増やすことを目的 としてあえて特定の利用形態のみを拡大することにエネルギーや予算を使うことは リ ソース投入の正当性という点で果たして適切といえるのか 十分な検討が必要である しかし一方で 家系調査をする利用者が増えることによるメリットも考えられる これ までアーカイブズに縁のなかった利用者が増えてくると 多くの人が 記録が残されて いることの重要性 に気付く可能性がある 例えば おなじ資料タイトルなのに保存され ている年とそうでない年があるかもしれないし こちらのアーカイブズでは非公開の情報 があちらのアーカイブズでは公開されているかもしれない そしてその結果 記録がなけ れば歴史が正しく理解できないということに気付くかもしれない 資料の残存状況や公開 度にばらつきがあることはこれまでもあったことだが 一般利用者は素朴にこうした事態 に対して疑問を投げかけていくだろう こうした疑問をつきつけられることで アーカイ ブズ側 ひいては文書を作り出す側も きちんとした文書作成 保存 公開体制を確立し なければならないという緊張感を持つことができる 以上をまとめると アーカイブズの本質が十分理解されているとは言いがたい現在の日 本では 無闇に家系調査を奨励することは危険だが 同時に家系調査を契機とする一般利 用が増えることによって アーカイブズに好ましい刺激が与えられる可能性があることも 理解すべきだ といえる IV 終わりに どのような情報が公開されるべきか ということは文化によって異なる アーカイブズ に限らず 日本ではテレビなどで流される事件 事故の映像も海外に比べて抑制されてい る 生々しい刺激の強い情報を無差別につきつけることを好まない そうした文化である ことを省みず 利用者の数を増やすことのみに気をとられて 社会のコンセンサスのない 資料を先走って公開したり 逆にコンセンサス形成のためにニーズを作り出すのは 本末 転倒であろう オーストラリアで犯罪者の調書が公開されているからといって 直ちに日 本も同じように公開すべきだと考えるべきではない しかしながら 世の中の価値観は変わっていく いつか多くの人が自分の先祖のこと 社会のことを正確に知りたいと考えたときに 必要な記録が確実に残され利用できるよ う アーカイブズは常に備えておかなければならない 現在の公開基準で保存の如何を判

日本のアーカイブズで家系調査は可能か 97 断してはならないのである アーカイブズは いまの社会をきちんと後世に伝えるためにはどんな資料を残せばいいのかを第一に考えるべきであり その中の何を公開するかはその時々の社会と相談しながら決めればよい と同時に 家系調査を始めとする趣味の調べ物に訪れる一般利用者の存在もアーカイブズにとって歓迎すべきものととらえ 無理のない範囲でそうした利用に対応できる体制を整えるという姿勢も アーカイブズに求められる 目録記述の際にほんの少し気を配るだけでできることもあるはずである 最後に 本誌の読者の多くが歴史研究者 =アーカイブズ利用者であると想定し 僭越ながら一言記しておきたい 日本のアーカイブズ職員は 様々な制約のなかでできるだけ多くの資料を公開すべく熱心に取り組んでいることをぜひ知ってほしい 資料提供側の努力と 利用者の理解と刺激とが働きかけあい よりよいアーカイブズ体制が確立することを望む < 謝辞 > 本稿執筆にあたり アーカイブズ現場での個人情報の扱いについて多くの方にご教示をいただきました とくに 国立公文書館の中島康比古氏 防衛研究所図書館の菅野直樹氏 神奈川県立公文書館の石原一則氏 埼玉県立文書館の太田富康氏 京都府立総合資料館の福島幸宏氏には 大変お世話になりました 記してお礼申し上げます ( 学習院大学大学院人文科学研究科 )